労働者の自主性を高め、生産性向上に繋がる可能性がある「裁量労働制」。しかし、導入には一定の要件があり、運用を誤ると長時間労働や不公平感を招く恐れもあります。本記事では、裁量労働制のメリット・デメリットを踏まえ、2024年4月施行の法改正点や導入・運用時の注意点などを詳しく解説します。裁量労働制とは裁量労働制は、労働時間を事前に定め、その定めた時間を働いたとみなし、その分の賃金を支払う制度です。実際に働いた時間数があらかじめ定めた時間に満たない場合、超過して働いている場合のいずれにおいても、事前に定めた時間働いたものとみなします。「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があり、それぞれ法令で定められた対象業務に適用されます。企画業務型の場合は、対象業務の他、本社・本店などの対象となる事業場や、適切な知識や経験を有する労働者を対象とするなどのルールがあります。制度を導入するには、労使協定の締結と労働基準監督署への届出などが必要です。対象業務や適用条件は法令で厳密に定められており、不備があったり違反したりした場合は無効となります。専門業務型裁量労働制専門業務型裁量労働制は、研究開発やデザイン、編集など、高度な専門的知識や技術を必要とする業務に適用される制度です。対象となる業務は労働基準法施行規則等により、以下の20業務に限定されています。対象業務①新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務②情報処理システムの分析又は設計の業務③新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送番組の制作のための取材若しくは編集の業務④衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務⑤放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務⑥広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)⑦事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)⑧建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)⑨ゲーム用ソフトウェアの創作の業務⑩有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)⑪金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務⑫大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)⑬銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザー業務)⑭公認会計士の業務⑮弁護士の業務⑯建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務⑰不動産鑑定士の業務⑱弁理士の業務⑲税理士の業務⑳中小企業診断士の業務導入要件・労使協定の締結・労働基準監督署への届出・対象労働者本人の同意・対象業務に従事特徴・業務遂行の手段や時間配分を労働者の裁量に委ねる・実労働時間に関係なく労使協定に定めた労働時間分の賃金を支払う・深夜・休日労働は実労働に応じて別途手当を支給より詳しい解説については、厚生労働省の『専門業務型裁量労働制について』をご確認ください。企画業務型裁量労働制企画業務型裁量労働制とは、事業の運営に関する事項について、企画、立案、調査および分析を行う業務に適用される制度です。労使委員会を設置し必要な項目の決議が必要です。労働基準監督署へ決議届の届出を行い、労働者本人の同意を得た上で導入されます。労使委員会は、労働者を代表する委員と使用者(企業)を代表する委員で構成されます。運営規程に基づき運営され、規程に定められた事項の調査や審議、決議を行います。企画業務型裁量労働制を導入するためには、対象業務、対象労働者の範囲、みなし労働時間(1日の労働時間としてみなす時間)、健康・福祉確保措置の内容や苦情処理措置の内容等を決議します。決議には委員の5分の4以上の賛成が必要です。企業は、業務の遂行手段や時間配分の決定などに関して具体的な指示をせず、適切な水準のみなし労働時間の設定と相応な手当の支給などの処遇を確保し、労働時間の状況、健康状態等に応じて必要な措置を講じなければなりません。導入には、労働者へ適用される制度、賃金・評価制度の説明と、書面による同意が必要で、同意しなかった(撤回した)場合の不利益な取扱いは禁止されています。さらに、企業は定期的に労使委員会を開催し実施状況をモニタリング、労働基準監督署へ定期的に報告をする義務があります。フレックスタイム制との違いフレックスタイム制と裁量労働制は、柔軟な働き方を実現する制度として知られていますが、その仕組みには明確な違いがあります。制度の特徴フレックスタイム制裁量労働制労働時間管理実際の労働時間を記録し賃金に反映あらかじめ定めた一定時間を労働時間とみなす適用範囲全従業員に適用可能専門業務・企画業務型裁量労働制の適用対象業務の従事者のみ時間の裁量フレキシブルタイムの範囲内で裁量が認められている従業員の裁量ただし、深夜や休日労働に関しては従業員の裁量外となる場合があるフレックスタイム制では、1か月の所定労働時間を満たすことを前提に、フレキシブルタイムの範囲内で始業・終業時刻を従業員が自由に決定できます。実際の労働時間を記録し、その実績に基づいて賃金計算を行います。一方、裁量労働制では、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ定められた時間を働いたものとみなします。業務の進め方や時間配分を従業員の裁量に完全に委ねる点が特徴です。また、フレックスタイム制は原則としてすべての従業員に適用が可能ですが、裁量労働制は法令で定められた専門業務や企画業務に従事する特定の従業員にのみ適用可能となります。みなし残業(固定残業代)制度との違いみなし残業(固定残業代)制度と裁量労働制は、一見似ているように見えますが、制度の本質や運用面で大きな違いがあります。両制度の主な違いは以下の通りです。比較項目みなし残業(固定残業代)制度裁量労働制労働時間の扱い36協定の範囲内で時間外労働(みなし残業時間)を定めるあらかじめ定めた一定時間を労働時間とみなす労働時間の記録実労働時間の記録が必要実労働時間の記録が必要適用範囲全職種に適用可能法定の対象業務のみみなし残業制度では、実際の時間外労働の時間数に関わらず、あらかじめ定めた時間外労働の時間分をみなし残業(固定残業)代として支払う仕組みです。また実際の時間外労働が、みなし残業時間を超えた場合は、超過分の時間外手当を追加支給する必要があります。一方、裁量労働制は、実際の労働時間数に関係なく、あらかじめ定められた時間数を働いたものとみなす制度です。例えば、所定時間が8時間で、裁量労働制による1日のみなし労働時間が9時間と定められている場合は、一日につき1時間分の時間外手当に該当する金額を支給する必要があります。仮に1日6時間しか実労働がなかったとしても、9時間とみなしますので、支給額を減らすことはできませんし、逆に10時間働いたとしても、9時間とみなしますので、追加の時間外手当は発生しません。業務の遂行方法や時間配分を従業員の裁量に委ねる点が特徴的です。なお、裁量労働制は専門業務型と企画業務型に限定されており、対象業務も法令で具体的に定められています。2024年改正のポイント2024年4月の法改正により、裁量労働制の見直しが行われました。ここでは、専門業務型、企画業務型、それぞれの法改正についてポイントを解説します。専門業務型裁量労働制の改正2024年4月1日より、労働者の長時間労働の抑制や公平な賃金・評価の反映と、また労使双方に取って有益な制度となるよう、専門業務型裁量労働制にいくつかの重要な改正が施行されました。まず、使用者は制度導入にあたり、対象となる労働者から個別に同意を得ることが必須となりました。同意を得ずに裁量労働制を適用することはできません。また、同意しなかった労働者に対して、不利益な扱いをすることも禁止されています。例えば、裁量労働制に同意しなかったことを理由に、昇進や昇給で不利な扱いをすることは許されません。さらに、労働者はいつでも同意を撤回できるようになりました。企業は同意撤回のための手続きを明確に定め、労働者に周知する必要があります。同意しなかった場合と同様、撤回後に不利益な扱いをしてはなりません。使用者は、労働者ごとの同意および撤回の記録を、労使協定の有効期間中と、その期間満了後5年間(当面の間は3年間)保存する必要があります。これらの改正点を遵守し、労働者にとってより透明性の高い制度運用を行うことが求められます。企画業務型裁量労働制の改正専門業務型と同様に、制度適用には労働者本人の同意が必須です。不同意や撤回による不利益な扱いが禁止されているのも同じです。2024年4月1日より、同意の撤回手続きに関する項目が追加されました。労使委員会の決議事項に加えると共に、具体的な撤回の申出方法を定め周知する必要があります。使用者は同意と撤回の記録を、決議の有効期間中とその後5年間(当面の間は3年間)保存する義務があります。加えて、企画業務型特有の改正点として、企業は労使委員会に対して、対象労働者に適用される賃金・評価制度の内容を説明しなければなりません。制度変更時も同様です。労使委員会の運営規程には、この説明に関する事項(事前の実施や説明項目など)と、制度の適正な運用の確保のための事項(実施状況の把握の頻度や方法など)を定める必要があります。また、労使委員会の開催頻度は6か月以内ごとに1回以上、定期報告は決議有効期間の開始から起算して初回は6か月以内、以降は1年以内ごとに1回となりました。労使委員会の運営規程に定める項目と、企画業務型裁量労働制の導入・変更における労使委員会の決議事項は、重複するものとそうでないものがあります。決議事項ではより詳細な事項を決める必要がありますので、事前に確認をしておきましょう。裁量労働制導入の流れ裁量労働制の導入には、専門業務型と企画業務型で異なるプロセスがあります。それぞれ労使間での協議や書面作成・締結、労働基準監督署への届出など、法令に基づいた手続きが必要です。制度を適切に運用するため、対象業務の選定から社内規定の整備、従業員への説明まで、段階的に進めていく必要があります。専門業務型を導入する流れ専門業務型裁量労働制の導入は、まず就業規則に制度導入の規定を設けることから始まります。次に、労使協定を締結します。労使協定には、対象業務、みなし労働時間、健康・福祉確保措置、苦情処理措置に加え、労働者本人の同意を得ること、不同意の場合の不利益取扱いの禁止、同意撤回手続きに関する事項も盛り込む必要があります。労使協定を締結し、専門業務型裁量労働制に関する協定届の作成・締結も行います。協定届は厚生労働省所定の最新様式を使用して作成しましょう。特に健康・福祉確保措置に関しては、近年対応の強化が求められていますので注意が必要です。締結後は、労働基準監督署へ協定届を提出します。制度導入に伴い、就業規則の改定を行った場合は、就業規則変更の届出も忘れずに行いましょう。対象労働者へ制度の内容や賃金・評価制度について説明し、個別に書面で同意を得ましょう。同意を得られなかった場合でも、不利益な扱いをしてはいけません。制度導入後も、使用者は対象労働者に対する健康・福祉確保措置や苦情処理措置を適切に実施し、労働時間の状況、健康状態、同意・撤回の状況などを記録・保存する必要があります。労使協定と協定届の保存期間は、有効期間中とその終了後3年間です。より詳しい内容については、厚生労働省の資料『専門業務型裁量労働制の解説』をご覧ください。企画業務型を導入する流れ企画業務型裁量労働制の導入には、労使委員会の設置が必要です。設置にあたり、設置手順や委員になろうとしたことや委員としての行為を理由に不利益な取扱いをしないことなどを事前に十分に話し合っておくことが望ましいです。労使委員会は、使用者側と労働者側からそれぞれ委員を選出し、労働者側委員が半数以上を占めるように構成します。ただし、労使それぞれ1名ずつの計2名で構成することはできません。労使委員会の運営規程の調査審議および決議事項には、企画業務型裁量労働制に関する事項を必ず入れましょう。次に、労使委員会で制度の導入を決議します。決議事項には、対象業務、対象労働者の範囲、みなし労働時間、健康・福祉確保措置、苦情処理措置などが含まれます。加えて、労働者本人の同意、不同意の場合の不利益取扱いの禁止、同意撤回手続き、賃金・評価制度の説明に関する事項も決議事項に盛り込みます。決議は、委員の5分の4以上の多数決で行います。労使委員会で決議後、就業規則に裁量労働制に関する規定を設け、または既存の規定を改正します。決議内容は、所定の様式で労働基準監督署へ届け出ます。就業規則変更の届出も行いましょう。その後、対象労働者へ制度の内容と賃金・評価制度について説明し、個別に書面で同意を得ます。同意を得られなかった場合でも、不利益な扱いをしてはいけません。同意しなかった場合や撤回後の配置・処遇などもあらかじめ定めておいて、対象労働者へ提示のうえ同意を得るようにしましょう。制度導入後は、使用者は健康・福祉確保措置、苦情処理措置などを適切に実施し、労働時間の状況や同意・撤回の状況を記録・保存します。保存期間は、決議の有効期間中とその終了後3年間です。また、労使委員会は6ヶ月以内ごとに1回以上開催し、制度の実施状況をモニタリングします。使用者は、決議有効期間開始から初回は6か月以内、以降は1年以内ごとに1回、労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、同意・撤回の状況を労働基準監督署へ報告する必要があります。より詳しい解説については、厚生労働省の資料『企画業務型裁量労働制の解説』をご確認ください。裁量労働制の注意点裁量労働制を運用する上で、労働時間管理や有給休暇の取り扱い、36協定の締結、健康管理など、さまざまな注意点があります。本記事では以下の3つについて解説します。(1)労働時間管理や有給の扱い(2)36協定の締結が必要なケース(3)その他、健康福祉や苦情の注意点(1)労働時間管理や有給の扱い裁量労働制は、労働時間ではなく成果で評価される制度ですが、労働者の健康・福祉を確保する観点から、使用者は労働時間の状況を把握する必要があります。タイムカードの打刻、PCの使用時間記録など客観的な方法での把握が求められます。やむを得ず客観的な方法による把握が難しい場合は、自己申告での把握も可能ですが、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドラインを踏まえ、適正に自己申告を行うことなどについて従業員に対して十分な説明が必要です。また、深夜労働や休日労働をした場合は、みなし労働時間ではなく、実際に働いた時間に基づいて割増賃金が支払われます。そのため、労働時間を正確に把握することが必要です。裁量労働制では、1日の労働時間が短時間であっても、労使協定で定められた時間(例えば8時間や9時間)働いたものとみなされます。労働時間が「みなし」で管理されているため、時間単位での休暇取得が実質的に困難となり、半日単位や時間単位で取得する有給休暇制度とは相性が良くありません。裁量労働制は労働時間の柔軟性が高い反面、労働時間管理や有給休暇制度との整合性について注意深く検討する必要があります。(2)36協定の締結が必要なケース裁量労働制を導入しているからといって、36協定(時間外・休日労働に関する協定)を締結しなくても良いと考えるのは誤りです。裁量労働制でも、以下の3つのケースでは36協定が必要となり、締結・届出を怠ると法令違反となります。1. みなし労働時間が1日8時間を超える場合例えば、みなし労働時間を9時間と設定すると、毎日1時間分の時間外労働が発生しているものとみなされます。2. 所定休日に労働が発生する場合所定休日の労働は、法定労働時間を超える労働となるため、36協定の対象となります。3. 法定休日に労働が発生する場合法定休日の労働は、当然36協定の対象となります。裁量労働制は、労働時間を自由に設定できる反面、労働時間管理がおろそかになりがちです。上記のようなケースで36協定が必要となることを理解し、法令を遵守した適切な労務管理を行いましょう。(3)その他、健康福祉や苦情の注意点裁量労働制で働く労働者には、長時間労働となるケースが散見されるため、導入する企業には、労働者の健康管理と福祉の確保が強く求められます。特に、労働時間の実態把握と定期的な状況確認は重要な責務となっています。健康管理体制の整備実労働時間については、客観的な方法で記録・保存する必要があります。また、月45時間・年360時間の時間外労働の上限や特別条項で定めた時間外労働時間を遵守するため、具体的な管理体制の構築が不可欠です。労働者保護の具体策労使協定には、深夜業の制限や年次有給休暇の連続取得の推進、勤務状況や健康状態に応じた特別休暇の付与など、具体的な健康確保措置を明記しなければなりません。健康状態の改善を図るため、個々の従業員の勤務状況や健康状態に応じて次のような措置を講じます。健康確保措置例実施内容健康診断年1回以上の定期健診実施医師による面接指導一定時間を超える時間外・休日労働(実労働時間)の場合に実施相談体制健康障害防止・心とからだの相談窓口の設置・産業医等による助言・指導、保健指導また、労働者からの苦情に適切に対応するため、相談窓口の設置や担当者の選任、具体的な処理手順の明確化など、実効性のある苦情処理体制の整備も重要な要件となっています。まとめ裁量労働制は、実際に働いた時間ではなく、あらかじめ定めた時間を働いたとみなす制度です。専門業務型と企画業務型の2種類があり、それぞれ対象となる業務や導入要件が異なります。また、導入時だけではなく継続的な対応も求められます。特殊な制度であるため、人事担当者は普段と違ったタスクが発生したり、部署をまたいで連携をとる必要もあるでしょう。弊社では、各部署のタスク進捗状況を可視化するツール『mfloow(エムフロー)』を提供しております。タスクを可視化し人為的ミスを減らしたい、自社の成長を加速させたいと考えている企業はぜひお問い合わせください。サービスサイト:mfloow